第四章 名ばかり勝訴

◆有給職免訴訟で「自主返納」と「名ばかり勝訴」

 「市長個人等に対して責任を問うことは不当」だなどとして控訴した高槻市役所。しかし、奥本市長をはじめ、賠償や返還を命じられた職員らは、控訴後、なんと「自主返納」と称して、地裁判決どおりの支払いを行った。

 これは、常識的に考えれば、自ら負けを認めたことになる。

 ところが、高槻市役所は控訴を取り下げない。訴訟を維持するという。

 そうするとどうなるのか。金はすべて支払われたので、訴えても意味がないということになる。法律用語では「訴えの利益がない」というそうなのだが、高槻市役所側が、裁判上は勝訴することになるのだ。もちろん、金をすべて取り戻したので、実質的には私の勝訴なのだが、形式上は私が負けたことになる。

 当時、司法記者クラブの毎日新聞のブースに、住民訴訟に非常に関心をもってくれていたH記者がいた。H記者はこの問題を二度にわたり記事に書いて取り上げてくれた。その二度目の記事のタイトルが「名ばかり勝訴 実質敗訴」。言い得て妙である。

 高槻市役所は「名ばかり勝訴」を得るために、無駄な控訴を行ったのだ。

 私は平成二二年の九月議会でこの件について追及し、市長に辞任を迫った。以下はその議事録である。

○(北岡隆浩議員) 北岡隆浩です。大きく五つの件について質問させていただきます。

(中略)

 二番目は、市長等がした自主返納の市の会計上の位置づけ等についてです。

 これについては先日の決算の質疑でもお聞きしましたが、お答えになられませんでした。今回はしっかりとお答えください。三点伺います。

 一点目、もう一度お聞きしますが、奥本市長がされた自主返納というのは、一体どういう意味の支払いだったのでしょうか。逆に高槻市長として、自主返納と称するお金を受け取ったことについては、どのような認識で受け取ったのでしょうか。そして、どのような会計上の処理をしたのでしょうか。奥本市長は、高槻市に対して地裁判決どおりの賠償金利息を支払われたわけですが、同時に奥本市長はそれを受け取る側の高槻市の最高責任者であるわけです。両方の当事者であり、両方の責任者であるわけですけれども、どういった認識でこういうことをされたのでしょうか。賠償なのか寄附なのか、どちらなのでしょうか。奥本市長の明確なご答弁をお願いします。

 二点目、自主返納に係る事件の控訴にかかった費用はどれだけなのでしょうか、各事件それぞれについてお答えください。

 三点目、自主返納と言いながら、職員の皆さんは同一の時期に一斉にお金を市に支払われています。お支払いになられた皆さんの間では、この件についてどのような話し合いや合意がされたのでしょうか。だれかが自主返納をすることを指示したのでしょうか、お答えください。

 三番目は、終結した住民訴訟において裁判所から違法認定された事案についてです。

 市の施設である高槻市職員厚生会館に、連合高槻が長年、一円の家賃も支払わず事務所や会議室などを構えていた事件。労働組合活動や部落解放活動について違法に有給で職務専念義務を免除していた事件。一度許可した有給職免を三か月もさかのぼって有給休暇に変えた事件。この三つの事件について、最終的に裁判所から高槻市側の行為が違法であると判断されました。高槻市側は、違法性はないと主張してきたわけですが、やはり原告の私の主張どおり違法だったわけです。

 そこで、お聞きしますが、違法行為の責任者については処分をしないのでしょうか、高槻市としては反省しないのでしょうか、お答えください。

○総務部長

 まず、自主返納の意味合いでございます。先般の質疑の中でもご答弁いたしましたが、自主返納は原判決の妥当性にかかわらず、市民に要らざる影響を与えかねないものとして、訴訟の早期解決を図るのが最良であるとの判断から行われたものでございます。また、会計上の処理でございますけれども、雑入で処理しているところでございます。

 二点目の、控訴審に係る支出額のお尋ねですが、訴訟代理人に対する着手金、控訴の印紙代、裁判を傍聴するための職員の交通費などがこれに相当いたします。現在も係争中であります水道部局分を除いてお答えいたしますと、市長部局分、教育委員会ともそれぞれ約四六万五〇〇〇円支出しております。

 次に、自主返納の話し合いはどういったものかとのお尋ねでございますけれども、自主返納は言葉どおり自主的に行われたものでございまして、自主的に行われたものにつきましてお答えする立場にはございませんので、ご理解いただきたいと思います。

 三点目の、市は反省していないのか、職員を処分しないのかというお尋ねでございますが、市といたしましては裁判の結果である判決は真摯に受けとめるべきものと考えておりまして、本件判決につきましても真摯に受けとめているところでございます。なお、職員の処分については考えておりません。

 以上でございます。

○(北岡隆浩議員) 

 次に、自主返納についてです。

 早期の解決のために支払ったということは、賠償金だったということですよね。それでよろしいんでしょうか。けれども、これを個人的に払ったということで、一切公務と関係なく払ったというのであれば寄附に当たると考えられますので、やはり、しっかりと賠償なのか寄附なのかを明言していただかないと説明責任を果たしているとは言えないと思います。

 今回のように住民訴訟において職員個人個人が自分は悪いことをしたと、あるいは給料をもらい過ぎてしまったと考えて賠償したりお金を返したりして、裁判上、敗北を認めるというのはありかもしれません。しかし、市のトップである市長がそういうことをすると、当然、市としても違法性を認めなければおかしいわけです。奥本務さんが高槻市長という職にあるからこそ奥本務さん個人に対する賠償請求を地裁に命じられたわけですし、市長として違法と認めないが、奥本務個人としては違法と認めるというようなことは、奥本さんが高槻市長と同一人物である以上はあり得ないはずです。

 こういうふうに都合が悪くなったら個人と公人の立場を使い分けて責任から逃れようとする行為は、市長としての自覚に欠けたものだと言えます。賠償か寄附か、答えられないのは、どちらであっても問題だとわかっているからですよね。賠償でも寄附でも問題なんですが、自分が支払った公金の扱いに関して議会で明確に説明できないというのは、公金を扱う人間として失格、市長失格だと思います。速やかに辞任すべきです。市長の早期辞任、引退を要求します。

 答弁の内容についても、いろいろと矛盾があります。自主返納が自発的行為で、その理由が不明なら、それが訴訟の早期解決のためとは高槻市の立場からは言えないはずですし、早期解決と言いながら実際には控訴を取り下げず、違法性を争って判決までもっていってるじゃないですか。どこが早期解決になったんでしょうか。全く早期解決にはなっていません。

 職員が全員一斉に自主返納したというのも、どう考えても不自然です。自主的ではなく、組織的に行ったとしか考えられません。市民に要らざる影響を与えかねないともおっしゃいましたけれども、これも意味不明です。どんな影響を与えかねなかったのでしょうか。自主返納したって市民には何の得もないですし、むしろ控訴費用の分だけ市民が損をしたと言えます。得をしたのは早期に払って、その分、遅延利息を免れた市長や課長と、名ばかりの勝訴を勝ち取った被告の高槻市長です。市民は何の得もしてません。

 市が勝訴すれば、普通は市が正しいことをしていたと世間からみなされるわけですが、実際には裁判所から違法性を認定されている。まさに、毎日新聞が命名したとおり、名ばかり勝訴、実質敗訴というわけですが、このような市の訴訟戦術のために高槻市職員の違法行為が市民にはわかりにくくなってしまった。大げさに言えば市民の知る権利が侵害されたと言えます。そういう意味では、自主返納こそが市民に要らざる影響を与えてしまったわけです。

 一応お聞きしますが、万が一、高裁で違法性が認められず、損害賠償請求や不当利得返還請求が命じられなかったら自主返納されたお金は返したのでしょうか、それとも返さなかったのでしょうか、お答えください。

 次に、終結した事件で違法認定されたものについてです。

 真摯に受けとめるが、職員の処分はしないとのことです。九月二五日の毎日新聞に、滋賀県の豊郷町では七年も前の事件に関する住民訴訟で、当時課長だった職員が違法行為をしたと裁判所に認定されたことを理由に、その職員に対して停職一か月の懲戒処分が下されたという記事が掲載されていました。高槻市の場合も、違法行為がされていたわけですから、ちゃんと処分しなければ、金さえ返せば、それで済むのかと。市民の皆さんから高槻市の姿勢を疑われます。無論、違法行為が長年にわたって行われていた場合は、組織の長の責任も大きいと思われます。奥本市長ご自身の責任も含めて、その点はいかがでしょうか、お答えください。

○総務部長

 裁判の件でございますけれども、万が一、高裁で違法性が認められなかったら、自主返納されたお金は返したのかというお尋ねでございますけれども、仮定の質問にはちょっとお答えできかねますので、よろしくお願いします。

 それから、豊郷町、他の自治体の事例を挙げられてのご質問でございますけれども、職員の処分につきましては、処分の必要性があって行うものでございます。判決の結果をもって職員の処分を考えるものではございません。本件におきましては、本市としては処分は考えておりません。

○(北岡隆浩議員)

 自主返納と違法行為についてです。

 先ほども申し上げましたが、自主返納しながら訴訟を維持するという、市長としての自覚のない行為。自分が支払い、かつ受け取った公金に関して全くまともな説明をしないこと。違法行為に対して一切処分をせず反省しないこと。これらを見ると奥本市長は市長としてふさわしいとは思われませんので、奥本市長の早期辞任、引退を求めます。

・・・この議事録のとおり、奥本市長は、自分がした行為について議会で問われたのに、一切自ら答弁しなかった。

 「自主返納」は賠償か寄付のどちらなのかと訊いても答えない。賠償ならば、無駄な控訴やその維持のために公金を支出した責任が問われるし、寄付であれば、政治家が選挙区内の人や団体に対して寄付することは公職選挙法で禁じられているから、違法となる。だから答えられないのである。

 住民訴訟の判決で、市長個人が賠償を命じられれば、市長は自ら支払い、またそれを受け取る側にもなる。「自主返納」でも同様だ。普通なら、支払いと受け取りの理由に矛盾が生じるはずはない。しかし、奥本市長の場合、上述のとおり、まともな説明ができなかった。どちらに転んでも違法なのだからできるはずがないが。

 市長は議会の初日と最終日に行政報告を行い、その中で訴訟についても報告するが、勝訴した場合には声高らかに「勝訴」と言うのに、敗訴しても絶対に「敗訴」とは言わない。「本市の請求が棄却されました」などと表現する。よほど「敗訴」と言いたくないのだろう。だから「名ばかり勝訴」を、税金を無駄遣いしてでも奪い取ったのかもしれない。

 市民からすれば、高槻市役所は、裁判で連戦連勝しているように見えるかもしれないが、こういうカラクリがあるのだ。

◆幽霊運転手事件でも「名ばかり勝訴」

 幽霊運転手事件の控訴審でも、高槻市役所は「自主返納」を行い、「名ばかり勝訴」を強引にもぎ取った。

前述のとおり、平成二〇年一月二五日に大阪地裁に提訴してから約五年間、弁護士さんに苦労してもらいながら、膨大な資料を整理し、たくさんの書面を書き、被告である高槻市役所側や補助参加人らの主張に反論し、ついに二五年四月二四日、勝訴。

 これについて、奥本市長の後継者である濱田剛史市長は、平成二五年五月議会の初日、以下の行政報告を行った。

 「二件目は、平成二〇年一月二五日付で自動車運送事業管理者を被告として提起されました代走、有給職免、組合役員ダイヤに係る住民訴訟についてでございます。先月二四日、大阪地方裁判所において原告の請求の一部を認める判決がございました。しかし、この判決に対しては不服があるため、今月七日に控訴いたしております。」

・・・敗訴しても決して「敗訴」と言わない濱田市長。

 この報告のとおり、高槻市役所側はこの判決を不服として控訴。ところが、違法有給職免訴訟と同じく、地裁判決どおりの金額約一四五〇万円を市職員らが「自主返納」。そして控訴を維持。

 一四五〇万円もの公金を市民の手に取り戻すことができたのだから、こちらの実質勝訴なのだが、約半年後の一一月五日、大阪高裁は、地裁同様に違法性を認定しながらも、請求棄却の判決を下した。

 濱田市長は、平成二五年一二月議会の初日、以下の行政報告をした。

 「四件目は、自動車運送事業管理者を被告として提起されました代走、有給職免、組合役員ダイヤに係る住民訴訟についてでございます。

 今月五日、大阪高等裁判所で、本市の損害はすでに補填されており、被控訴人の請求は全て理由がないとして、第一審の本市の敗訴部分を取り消し、原告の請求を棄却する旨の控訴審判決がありました。

 その後、上告期間の経過によって、本市の勝訴が確定いたしました。」

・・・濱田市長は、元検事の弁護士である。実質敗訴であるのに、勝訴と称することに、弁護士として抵抗がなかったのだろうか。奥本市長の支持基盤をそっくり引き継いだ人だから、決して「敗訴」と言わぬ方針も受け継いだのかもしれないが。

 「自主返納」で計約一四五〇万円が支払われたが、これについても、労組が犠牲者救援金で労組幹部らの支払いを肩代わりした。本来なら、余分な給与支給を受けた職員自身一人ひとりが、勤務しなかった分の給与を返還すべき義務があるはずだ。

 公営バスの運転手の給与は、民間と比べると高い。高槻市役所が平成二五年四月付で公表した「高槻市の給与・定員管理等について」によると、高槻市バスの正規職員の平均月収は約六四六万円。民間企業のバス運転手の一.五倍にもなっている。平成二〇年の九月議会でバス運転手職員の最高年収を尋ねたところ、平成一七年度は約一一六二万円、平成一八年度は約一一五六万円、平成一九年度は約一一〇一万円とのことだった。

 地方公営企業法三八条三項では、企業職員の給与は、同一又は類似の職種の団体の職員の給与などを考慮して定めなければならないとされているが、とてもそんな考慮がされてきたとは思えない。

 この年収を民間並みに引き下げれば、市からの補助金の多くも不要になるのではないか。少なくとも、バスの運賃は引き下げられるはずである。

 高い年収から判決どおりの額を払わせればよいと思うのだが、違法行為をしても労組が肩代わり。公務員はかくも恵まれなければならないのか。  幽霊運転手事件は、高槻市役所のこの姑息な手段によって、幕を閉じた。

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