第五章 農協ビル違法補助金事件

 高槻市議会は、三、六、九、一二の三の倍数の月に定例会が開かれる。五月には議長・副議長などの役員を選出する臨時会、通称「役選議会」がある。そのほか、緊急の事態に対応するための臨時議会が招集されることもある。

 行政の年度は四月一日から翌年の三月末日まで。三月議会では、翌年度の当初予算の審議のほか、年度末の最後の補正予算案も上程される。余剰金の清算や、国の経済対策等のために前倒しで事業の予算を計上することが多い。

 平成二〇年の三月議会での出来事。平成一九年度の補正予算案に、「農協コミュニティーホール等整備補助金」として二億五〇〇〇万円が計上された。高槻市役所本館の向かいに建設中の高槻市農業共同組合(JAたかつき)のビルの中に設けられる「コミュニティーホール」などに対する補助金ということであった。一般の高槻市民も、ここを市民会館のように利用できるようにするためだという。無料ではない。利用料の支払いは必要だ。

 いってみれば、JAたかつきの貸室事業に、高槻市が税金から金を出すのだ。億単位の補助金は出すが、高槻市が建物の権利を取得できるわけではない。すべての権利はJAたかつきが握る。利用料もJAたかつきの会計に入る。

 高槻市には市民会館など一般市民が利用可能な施設がいくつかある。市の資料によると、市民会館等の利用件数は、平成一八年度で市民会館大ホールが一六六件、文化ホール・中ホールが二四〇件、生涯学習センター・多目的ホールが二四八件。これを利用可能日数である三〇七日で割って稼働率を計算すると、それぞれ五四%、七八%、八一%となる。この数字を見る限り、手狭というわけでもない。私はまったく補助金を出す必要性を感じなかった。

 三月四日の本会議の前に、私は念のために農林水産省に電話し、JAたかつきの行おうとしている一般市民向けの貸室事業について尋ねた。電話に出た担当職員は「農業協同組合法の規定があるので、ビル建設当初から、一般市民向けの貸室事業を行うのは認められない。できるとしても、財政が逼迫したためにビルを売却することを前提として、その間にビルの維持費をまかなう目的で行う場合のみだ」と答えた。市が補助しようとしている事業は、農業協同組合法違反の疑いがあるということだ。

 農協といえば、JAたかつきの組合長が、市長選挙時に、奥本市長の選対本部長を務めていた。この強引な補助金は、選挙応援の見返りではないのかと疑った。

 そういえば、ある自民党の議員が、この三か月前の一二月議会でこんな発言をしていた。

 「…商工会議所に補助金を出すということで…今、目の前で…農協の会館が今建ち上がっております。…商工会議所並びに商工業者、また農業者、産業の中核部隊に対する一つの助成の仕方、補助金の出し方、これはやっぱり平等でなければならん…」

・・・つまり農協のビルに金を出せということか。裏で何かが連動していたのだろうか。

 同じ一二月議会では、別の自民党議員がこんな発言も。

 「(JR高槻駅前に)関西大学が進出するというビッグニュース…まさに、高槻百年の計とも言うべき画期的な機会…この好機逸すべからず…一刻も早く関西大学への支援策を取りまとめて、応援していくべきだと私は重ねて考えます。一定の費用がかかるでしょう…未来を託す高槻の子どもたちや若者に夢と希望を与えるために必要なものであります。今こそ、議会も行政も英断すべきときです。」

・・・翌年の二月二九日、関西大学新キャンパスの体育館や図書館などの施設開放と災害支援のために高槻市民に利活用させる代わりに、土地取得と施設建設の費用を高槻市が支援する基本合意書が締結された。

 平成二〇年三月一〇日の高槻市議会本会議で、奥本市長は、代表質問で次のとおり答弁した。

「関西大学の支援についてのお尋ねですが・・・関西大学高槻新キャンパスを実現することで、大学の活力、知力、知的財産を活用した知と文化の拠点の形成、若者を中心とした活気に満ちあふれたまちづくりなどが実現できるものと期待しております。また、大学進出の経済効果等につきましては、建設時には約七億円、開校四年後には毎年約二二億円と試算しております。

 関西大学による市及び市民への地域貢献につきましても、地域防災、地域交流、施設開放、高・大連携という四つの柱の地・学連携を実現することにより、知の拠点として市民への還元効果が期待されます。こうした好機を逃すことのないよう、積極的に支援することで、五〇年、一〇〇年先の将来を見据えた、夢と誇りとにぎわいのまちづくりを目指してまいります。」

 平成二〇年の九月議会では、新キャンパス建設に対する補助金約一二億円を含む補正予算案が提案された。私は反対したが、賛成多数で可決された。

 同じ年の一二月議会では、「防災空間を確保する」といった名目で、関大のグラウンド部分の土地を取得するとして、高槻市が二八億五六〇〇万四二〇〇円も支出することも賛成多数で可決された。私は、防災上どれだけこのグラウンドが必要なのか等質問したが、まともな答弁はされなかった。「防災という大義名分を振りかざしても、防災で使う割合は極めて低いわけで、防災という名目はもうこじつけとしか考えられません。こういう前例をつくってしまうと、今後も防災という言いわけをすれば、どこの土地でも買えてしまうということになってしまいます」などと述べ、額が大きすぎると反対した。

 二一年三月一六日には、この土地を関西大学に二〇年間無償で貸し付けるとする土地使用貸借契約が結ばれた。

 二二年四月、関西大学新キャンパス開校。「ミューズキャンパス」と名付けられた。ここに新設された関西大学附属の中等部・高等部の校長には、高槻市教育委員会の元部長が就任した。

 補助金を欲している団体や恩恵を受ける元市職員などは、こうした自民党議員の議会発言を心強く思うことだろう。

 だが、税金の無駄遣い、特に違法性のあるものは、議会の務めとして、止めなければならない。高槻市議会のホームページにも書いてあるが、議会には、市民の意思を市政に反映させる役割がある一方で、執行機関を監視し、公平、適正に行政が行われているかチェックする役割もあるのだから。

 話を農協ビルに戻す。平成二〇年の三月議会の本会議で、私は次の質問をした(法的な部分に関連するもののみを抜粋)。

○(北岡隆浩議員)

 農協コミュニティホール等整備に係る補助金について、質問をいたします。

 まず、補助金の交付対象の確認をさせていただきます。高槻市農業協同組合・JAたかつきは、この高槻市役所の東隣にある本店ビルを現在、建てかえ中です。この本店ビルの二階のコミュニティホールと五階の会議室、研修室を設置して、農協の組合員以外の一般市民をも対象に、貸し室事業を営むとして、高槻市はJAたかつきがこの貸し室事業を行うことを前提に、これを補助するため本店ビルの二階と五階の建設費の約二分の一に相当する二億五〇〇〇万円を補助金としてJAたかつきに対して交付する。本店ビルの二階と五階の所有権は、すべてJAたかつきのものであって、一般市民が支払うコミュニティホールや会議室、研修室の使用料などの貸し室事業の売上収益も、すべてJAたかつきのものになると、そういう理解でよろしいでしょうか、お答えください。

○都市産業部長

 JAの会館建てかえに関する補助について、お答えをいたします。

 まず、補助の前提ということのご確認でございました。補助対象金額と補助対象面積をちょっと分けてご説明申し上げます。

 補助対象金額といたしまして、一つには、建物の設計施工管理費と建築工事費。設計施工管理費で申しますと七〇〇〇万円、建築工事費が一五億五〇〇〇万円と聞いてございまして、合計が一六億二〇〇〇万円でございます。工事費等を対象といたしまして、補助対象面積でございますが、ご質問にもございました、公共的、市民的利用が可能な部分を補助対象にしていこうということでございまして、全体の延べ床面積の中で二階の大ホールがございます。そういった二階のフロアと五階のフロアの面積の合計を全体の床面積で割りまして、結果といたしまして三一.九六%程度になるわけでございますが、先ほどの一六.二億円の事業費に三一.九六%を掛けまして、なお二分の一の補助ということでお願いしておるところでございます。

 それで、建築補助でございますので、床自体はJAの所有になるということでございますし、使用料でございますが、市民の方なりが利用していただいたときの使用料については、JAの会計の中に入るというふうなことでございます。

○(北岡隆浩議員)

 JAたかつきに対する補助金です。面積とか金額に関しては、詳しいご説明を追加でいただきましたけども、JAたかつきが一般市民向けに有料で行う貸し室事業に対して、高槻市がその施設の建設に関して補助金を交付するという私の理解で正しいかとは思うんです。

 農協というのは農業協同組合法第八条に基づく法人で、商工会議所と同様の公共的団体だという説明が事前に配付された資料でありました。同じ農業協同組合法第一〇条第一項を読むと、農協ができる事業というのは、組合員向けか、あるいは農業、農村向けか、共済、医療、老人の福祉に関する施設に限定されているというふうに書かれています。そうすると、農協が組合員ではない一般市民向けに貸し室、貸しホール事業を行うというのは、農業協同組合法違反、つまり違法になると考えられます。その違法な事業に対して、高槻市が二億五〇〇〇万円もの補助金を出すというのは、地方公共団体として間違ってもやってはいけないことではないでしょうか。また、補助金を交付できるのは、公益上必要がある場合に限られるとしている地方自治法第二三二条の二にも違反するのではないでしょうか、お答えください。

○都市産業部長

 農業協同組合でございますが、言うまでもなく農業協同組合法に基づく法人でございます。組合は、その行う事業によって、その組合員及び会員のために最大の奉仕をすることを目的としており、法的には商工会議所同様の公共的団体に位置づけられているところでございます。(中略)

 ご質問にあります分で、農業協同組合法の第一〇条第一項の関係でございます。農協がこういった貸し室ができるのかどうかというふうなことでございますが、私どもといたしましても農林水産省経営局協同組織課に照会、確認をさせてもらったところでございますが、基本的には組合員優先という原則がございますが、その範囲を超えない場合については、貸すことも支障がないというふうなことで確認をさせていただいておるところでございます。

○(北岡隆浩議員)

 高槻市のほうでも農水省に確認をされたということですけども、農水省の答えが組合員優先ということなんでしょうか。そういう事業だったらいいということだと思うんですけども、じゃ、それは高槻市の説明と違うじゃないですか。高槻市としては、言ってみたら、今ある市民会館とか現代劇場とか、そういったものと同じように一般市民が使えるものであるというふうな説明しか私は受けてないわけです。組合員優先やったら、非組合員の一般市民が来たときに、組合員の人が使うからということで利用が制限される可能性もあるんじゃないですか。そういうふうにとれますよね。

 農業協同組合法に抵触する可能性がある以上は、こういうものに補助金を出すわけにはいかないんじゃないでしょうか。ぜひ、これは撤回をしていただきたいと思います。

○都市産業部長

 市民的な利用に関してでございます。ちょっと私どもの説明が悪かった面もあるのかもしれませんが、基本的には組合員が使われる。その余裕といいますか、空いている日にち、時間で市民の方々が利用できるという基本的なスタンスではございます。ただ、実態的に農協のほうにどれぐらいの空きがということで照会してございますが、組合員自身、半分程度というふうなことで聞いてございますので、その辺ぐらいの市民的利用はいただけるというふうに考えてございます。そういった部分でございますので、農協自身の法的な抵触もないというふうに考えてございます。

・・・農協の組合員優先だが、半分程度、つまり組合員と同じ程度は市民的利用をしていただける。農林水産省に確認したが、支障はない。それが担当部長の議会答弁であった。

 しかし、私が農水省に確認した回答とは随分違う。やはり違法ではないのか。私は反対したが、結局、この補助金を含む補正予算案は、即決議案として、その日のうちに、賛成多数で可決されてしまった。

 議会で予算案が可決されれば、市役所は予算を執行できるようになる。急がなければならないと、私は翌日、補助金交付を差止めさせるために住民監査請求を行った。

 監査結果は四月二九日に郵送されてきた。いつもどおり棄却であった。

 この監査結果が出るまでに、事態はかなり進んでいた。

 三月二五日に、高槻市は、この補助金に関する要綱を施行。

 三月二六日には、農協ビルのコミュニテーホールなどについて「一般市民利用可能施設」として高槻市民の利活用に関する覚書が、高槻市とJAたかつきとの間で締結された。

 三月二七日には、JAたかつきから高槻市に対して、要綱に基づき補助金交付が申請された。

 三月三一日に、高槻市は二億五千万円の補助金交付を決定。あとは、JAたかつきが高槻市役所に請求書を送付すれば、補助金が口座に振り込まれる状態だ。

 私は五月二〇日に住民訴訟を提起した。

 住民訴訟の準備で大事なことの一つは、住民監査でどのような監査が行われたのかを知ること。結果は棄却でも、監査の中では重要なポイントを示唆している場合もある。そのために、私は監査結果が送付されてきたら、必ずすぐに情報公開請求をすることにしている。

 公開請求で出てきたものを見ると、監査委員による事情聴取で、担当職員が、農協の定款に、組合員以外の利用は、組合員の利用の五分の一という規定があると述べていた。

 議会では、組合員と同じ程度利用できると答えていたが、定款上は組合員の五分の一しか使えないのだ。

 これについて担当者は、国と府に照会しているが、いまだに返事がないとも述べている。国と府は、法的解釈について文書回答は難しいと言っているとも。議会答弁では農林水産省に対して支障がないことを確認したと言っていたではないか。嘘だったのか。

 担当者がこんな有様なのに、高槻市役所は、二億五千万円もの補助金の交付決定をしたのだ。監査委員も監査委員である。こんなデタラメを知りながら、なぜ棄却の監査結果を出したのか。

 提訴後のある日、読売新聞の記者から連絡があった。JAたかつきが補助金を辞退したというのだ。「これは異例のことではないですか」と記者は興奮気味に語った。

 JAたかつきは、請求書を一枚送れば二億五千万円が手に入る状態であったにもかかわらず、五月二八日、土壇場で辞退したのだ。違法性を認識したということなのだろう。

 市役所の会計年度は三月三一日までだが、支払いや収入の処理は五月三一日までされる。この期間を「出納整理期間」という。五月三一日は出納閉鎖の日だ。五月二八日の辞退はギリギリの決断だったということになる。

 六月一一日、六月議会の冒頭で、奥本市長は次のとおり報告した。

 「初めに、高槻市農業協同組合コミュニティホール等整備補助についてご報告いたします。

 本件につきましては、同組合より辞退の申し出があり、補助金交付決定の取り消しを行いました。これまで的確に事務処理を行ってきたところでありますが、いかなる事情があったにせよ、執行に至らなかったことは、予算をご可決いただきました市議会に対しまして、まことに申しわけなく存じております。」

・・・「的確に事務処理を行ってきた」というが、上述のとおり、これは大嘘だ。

 奥本市長は、「同組合とは十分な協議を行ったにもかかわらず、一方的に辞退の意思が示されたことは、大変遺憾なことであると考えております」とも述べた。まるでJAたかつきがすべて悪いような口振りだが、むしろ、補助金を辞退したJAたかつきのほうが賢明な判断をしたといえる。議会で私に違法性を指摘されながら、それを認めず、極めて不適切な事務処理で、二億五千万円もの大金を違法に予算執行しようとした高槻市役所のほうが反省すべきなのだ。

 高槻市役所は、事前に農水省に確認していたともいうのだから、違法性を認識しながらも、故意に補助金を交付しようとしたのではないのか。

 その日の読売新聞の夕刊には、「本店建設の補助金辞退 JAたかつき 一部市議が反発」というタイトルの記事が、スクープとして掲載された。

 住民訴訟の第一回口頭弁論は七月三日に開かれた。私が訴えで求めたとおり、補助金は交付されなくなったので、実質的に勝訴といえるが、事前に弁護士さんに相談したところ、「二億五千万もの補助金の交付決定を取り消すなんて普通考えられないことだ。裁判費用くらい被告負担にしてほしいと主張すればどうか」とのアドバイスをもらったので、そのような主張をした。

 裁判はその日に結審し、九月一一日に判決言渡し。判決では・・・

「本件訴えは、本件補助金交付決定が取り消されたことにより、事後的に訴えの利益を欠くことになったものであるけれども、本件事業計画の開始から、原告による本件監査請求、本件補助金交付決定、住民監査請求の棄却を経て、本件訴えの提起に至るまでの事実経過に照らすと、原告の本件訴えの提起が、本件補助金交付決定の見直されるきっかけの一つとなったものと推測され、これに反する事情もうかがわれないことからすると、原告による本件訴えの提起及びこれに引き続く訴訟行為は、相当程度、原告の『権利の伸長…に必要であった行為』であると認めることができる。……諸般の事情を総合考慮すると、本件の訴訟費用は、これを折半の上、その一を原告に、その余を被告に負担させるのが相当である。」

・・・裁判所も私の訴訟提起などの意義を認め、訴訟費用の二分の一を高槻市役所側の負担としたのであった。

 議会で違法性を指摘されながらも、補助金の交付手続きを高槻市役所とJAたかつきとが進めてきたことからすれば、裁判を起こさなければ、二億五千万円もの違法支出・無駄遣いは止められなかったと考えられる。

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